札幌映画サークルの少年バディの目線で 描く家族の物語  樋口みな子を公開しています

札幌映画サークルのトップ >> 〇『ベルファスト』評
〇『ベルファスト』評
少年バディの目線で 描く家族の物語  樋口みな子
©2021 Focus Features, LLC.
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が2022年2月24日に始まりました。停戦どころかたくさんの子どもや市民が、砲弾だけでなく、非道な虐殺で亡くなっています。ニュースで報じられるたびに、怒りと悲しさで胸が締め付けられました。私はこの映画をウクライナへの侵攻が激化しているときに観ました。その頃、毎週日曜の札幌駅前のスタンディングに参加して、何としても「ウクライナの人々が安心して暮らせる日が早く来て」と声を発しました。
ケネス・ブラナー脚本・監督の幼少期を投影した自伝的作品です。舞台は、北アイルランド・ベルファスト。9歳のバディの目線を通し、時代に翻弄され様変わりしていく故郷の厳しい現実と、家族と共にそこで過ごした愛と笑顔と興奮に満ちた日々を力強いモノクロ映像で描きました。プロテスタントとカトリックが反目し合い、98年の和平合意に至るまでに約3600人の死者を出した「北アイルランド紛争」をこの映画で初めて知りました。平和に生きるためにキリスト教はあると信じていた私は、信じがたく、ショックでした。
冒頭の現在のベルファストのカラー映像から1969年8月15日のベルファストに転換。導入から何が起きたのか?と目を見張りました。路地で楽しく遊んでいたバディ(ジュード・ヒル)の目の前では、プロテスタントの過激なグループが街を襲い、眼前で火炎瓶が炸裂します。建物のガラスが割られ、バリケードまで築かれます。バディ一家はプロテスタントでしたが、バディの母は必死に子どもたちを守ります。ロシアのウクライナへの侵攻と重なりました。
昨日まで宗派が違っても、隣人通しで助け合ってきたのに、パディは戦場に投げ込まれたような恐怖を体験します。宗教をめぐる対立が激化し、一家の生活も変わらざるを得ないのです。両親と兄、祖父母と過ごすかけがえのない時間にはユーモアもたっぷり。ベルファスト出身のシンガー、ヴァン・モリソンの力強い歌も効果的に盛り込まれ、少年の心に刻まれた世界が生き生きと描かれます。
 バディの澄んだ目が、多くの死者を出した紛争の愚かしさを見つめるのです。バディ演じるジュードの自然で豊かな表現が素晴らしい。
一家で『チキチキ・バンバン』(1968)や『恐竜100万年』(1966)を見る場面や、音楽とダンスに興じる場面はカラー映像に変わり、効果的。音楽や映画はいつの時代も人々を励ますことを実感しました。家族の発する言葉も含蓄があり、名言です。バディの祖父(キアラン・ハインズ)が彼に自分に忠実であることを教えるとき「お前の言っていることが理解できないと言うなら、それは彼らがお前の言うことを聴いていないだけ」。「答えが一つなら戦争など起きない」と語る父(ジェイミー・ドーナン)は「私は私の家族が私と一緒にいてほしい」と「ベルファスト以外の土地はまったく知らない」と言って、生まれ育った街を離れることに消極的な妻(カトリーナ・バルフ)を説得します。「子どもたちにこれまでよりもずっとマシなチャンスを与えることができる」と。歌と踊りのシーンはミュージカルの一場面のようで斬新。動乱のなか、「行きなさい、振り返るんじゃないよ」と言ってイングランドに移住するようにバディ一家の背中を押すのが祖母(ジュディ・デンチ)でした。家族の会話にあるユーモアと教えの優しい人間愛が素敵です。

ケネス監督は「最初の爆発が起こった20秒後には、その社会がすっかり変わってしまったということに触れたかった。平和な社会が足元から揺るがされたんだ」と語っています。本編にはその時の感覚や緊張が貫かれています。
ケネス監督はシェイクスピア俳優としても有名です。ウクライナのゼレンスキー大統領は、英国議会演説でハムレットのセリフを引用しました。一般的に「生きるべきか死ぬべきか」と訳されますが、「運命に抗して闘うべきか、運命を甘受して服従すべきか」という意味だそうです。監督が描いたことが、生きるために祖国を離れたウクライナの人々の心情に重なります。分断に与しないバディ一家の温かさが胸に沁み、未来への希望に涙しました。

札幌映画サークルのトップに戻る