札幌映画サークルの『マスター ますだの映画人生 (上)』を公開しています

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『マスター ますだの映画人生 (上)』
【このコーナーでは、札幌映画サークルの会報“シネアスト”に掲載されている記事をピックアップして紹介しています。

今月(4月)と来月(5月)は、BARのマスター業の傍ら、映画・TV・CM等に出演している映サ会員の桝田徳寿さんの『マスター ますだの映画人生』をご紹介します。】

* この記事は、札幌映画サークルの会報“シネアスト”2018年4月号(#537)から転載しました。

『マスター ますだの映画人生』(上)
*























店の常連さんで、映画サークルのお仲間でもある方からお声がかかり、昨年10月21日の黒澤明SELECTION『羅生門』、『乱』上映会でステージトークをさせてもらいました。

『乱』の騎馬武者などを演じたからです。

最近では『探偵はBARにいる』シリーズ1・2・3のマスター役など。

職業はバーマスター兼俳優。

九州・東京・札幌と、二足のワラジ、長く履いています。

“黒澤作品は4本”
私の人生を方向付けたような黒澤映画との出会いは、まったくの偶然または天の思し召しか・・・。

故郷の大分から上京し、新劇の世界に身を置くも一向に目が出ず、札幌に移ってからも毎日呑んだくれてアル中寸前だったある日、珍しいことにふと新聞を手にした。

その紙面に“黒澤監督久々にメガホンを取る”との大見出し。

全身に電気が走り、麻痺していた脳が弾けた。
作品は『影武者』。
勇払原野などでロケし、出演者はオーディションで決めるという。

出たい。
プロの世界で飯を食って来たので多少は有利なはずだ。あと必要なものは、そうだ馬だ、と閃いた。
友人に紹介してもらって、次の日から乗馬クラブに通い始めた。

翌年春の撮影開始まで半年ある。
元オリンピック代表という名伯楽に教わったのだが、ニワカ武者に甘い馬はいなかった。
悪戦苦闘の末、どうにか障害を跳べる様になったところで先ず書類審査。

1200字のリポート“私と映画”提出だった。
祖父に連れられて寺の境内で初めて観た映画の感動を書いた。

首尾よく東京・砧(きぬた)の東宝スタジオでのオーディションへ。
眼の前にあの、黒澤監督。
膝が震えたことしか覚えていない。結果は採用。

念願は叶ったものの後が大変だった。

“戦場なみ事前合宿”
すぐ撮影ではなく、鵡川の牧場で馬と騎馬武者の事前合宿があった。
2、300頭も集められた馬は競走馬になり損なったとか、引退馬、食肉寸前等々経歴も馬体、性格も色々。

馬は繊細で臆病な生き物だから、光って音がする鎧兜に刀槍、旗指物に囲まれて恐れおののく。

乗る方は気性の激しい、自我の強い俳優たち。

馬の世話という重労働で気が立っている。
酒が入ると「こんなまずい飯が食えるか!」と大声を出すは、ちゃぶ台返しに茶碗投げ皿割り、賄いのおばさんは「もう辞める」と泣き出す、大きな男どもが取っ組み合いを始める・・・とんだ戦場が出現した。

“凄い映画わが誇り”
*







東京からスタッフが到着し機材が持ち込まれると、牧場が活気付き、俳優陣の目付きが変わった。

馬も人も重装備に身を包み戦国時代に突入だ。
北海道ロケは馬のシーンが大部分なので、主役の仲代達矢さん、ショーケン(萩原健一)らはまだ東宝スタジオや姫路城で撮っていた。

私たちも準備期間は休暇をもらい、一時帰宅した。

現場に戻るとリハーサル。
黒澤得意の3カメで高い位置から戦場を俯瞰する3基の高ヤグラがそびえている。

夕景から篝火の映える夜景へ、助監督たちがハンドマイクと旗で兵士の隊列や馬群を動かす。
私たちはタイムスリップして、敗走する武田軍の中に身を置いた。

準備に、撮影に何日もかけ、千人もの兵士や武者を使ったシーンが完成版では数秒とか数10秒の短さだ。
ダイナミックかつ美の極致。

画面には全関係者の思いが凝縮されている。
フランシス・フォード・コッポラとジョージ・ルーカスが英語版プロデューサーを務めた凄い映画だ。そこに自分がいるという幸せに浸った。

昭和55年に完成しこの年のカンヌ映画祭で最高賞パルムドールを獲得した。

30余騎の武者の一人に過ぎなかったが、私には一生の誇りである。


“勝頼落水 緊張走る”
『乱』のトークでも話したが、騎馬撮影は命がけだ。
一番恐ろしいのは人馬転つまり武者もろとも倒れること。
下敷きになれば命を落としかねない。

私が見た事故現場は、さっと戸板で囲われたが、武者は「馬が動くと自分が危ない。地面を掘って下から引き出してくれ」と必死で叫んだそうだ。
幸い砂地だったので救出が早く彼は無事だった。

疾走中に銃弾が当たり人馬転するシーンは、見せ場でもあるが慣れたツワモノだけが務める。

私は騎乗姿勢がいいと褒められていたが、いくらボーナスが出ても、こればかりは御免こうむった。

渡河シーンの落馬も深刻だ。
2、30キロもあるフル装備では立ち上がれない。
現場にはフロッグマンが付きっきりだった。

武田家後継ぎ勝頼のショーケンが落ちた時は、現場が凍りついた。
馬はすぐ起き上がったが、勝頼浮上せず。

スタッフが走り寄ってやっと救助した。
後で聞くとショーケンは脳シントウで意識を失っていたそうだ。


“死体は動くな!”
死屍累々の場面。
馬も人も倒れてバケツの血糊を浴びる。
動かれては危険なので、馬には麻酔を打ってある。

役者には黒澤監督や助監らがハンドマイクで怒鳴った。
「死体は動くな!」。
ごもっとも。

これらのシーンは、シナリオを読み返すと瞼にまざまざ甦る。

井手雅人+黒澤の脚本は迫力も情感も豊かで、それ自体名作と思う。
我々は影武者のまた影武者。

3年間の撮影記念に武田紋の碁石をもらって、敗軍さながら首(こうべ)を垂れて去った。別れが寂しかったのだ。

(以下次号)

桝田徳寿さん
*
























ますだ・とくじゅ

1946年(昭和21年)3月25日生まれ 71 歳。

大分県蒲江(かまえ、現佐伯市)出身。

かまえはマンボウが揚がる港として知られる。
東京での劇団時代を経て46年札幌へ。
ススキノ近くの絨毯バー“ディズニー”を開業、後ススキノに“かまえ”、さらに狸小路6丁目ホテルサンルート1階へ移転し、500円バー“かまえ”となる。

マスター業の傍ら映画・テレビ・CMなどに出ている。

札幌映画サークル会員。

出演映画は、『影武者』、『乱』、『夢 まあだだよ』、『戦場のメリークリスマス』、『駅 STATION』、『ゴジラ対メカゴジラ』、『キッチン』、『失楽園』、『探偵はBARにいる1・2・3』ほか。
テレビドラマは『相棒』、『ホンカン 冬の陣 うちのホンカン Part V』、『新春ワイド時代劇 赤穂浪士』、『秀吉』、『北の国から』など。

真理子夫人は芸能通、巷の情報通。
カウンターだけの狭い店だが、映画・TV・マスコミ関係者や観光客、聖地めぐりの若者らも立ち寄り「あ〜、ホントに居る〜、マスターだ!」。


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